「昨日、駅前であなたを見かけたわ。」

放課後、いつものように僕が帰り支度をしていると、背後から森野が話しかけてきた。
僕らの間には挨拶は無く、いつも必要最低限のことしか話さない。
僕は昨日一日のことを思い出してみるが、昨日は知人と街を歩き回っていたため、
どこへ行ったか細かく思い出すことができなかった。
そのことを森野にかいつまんで言うと、森野はわずかに眉を寄せ、不機嫌そうな顔をした。
僕は森野のこんな顔を見るのは久しぶりだな、と思いながらも、このまま不機嫌にさせて
おくと一緒にいる僕が困るので、とりあえず会話を続けることにした。
「昨日の何時頃?」
「お昼頃よ。駅前の喫茶店にあなたがいたわ。女の子と一緒にね。」
最後の部分の強調の仕方が少し気になったが、昼頃と言われて思い出した。
昨日の昼は知人と喫茶店で食事をしたはずだ。
森野が言っているのはその時のことだろう。
「あなた、とても楽しそうに話していたわ。」
確か僕はカレーを食べたはずだ。あそこのカレーは美味しかったな。
「一緒にいた女の子、可愛かったわね。パフェなんか食べちゃって。」
そう、彼女はパフェを食べていた。僕は甘いものはあまり好きではないので
デザートは注文しなかったのだけれど。
「歩くときも腕なんか組んじゃって。何よあれ。」
そうそう、その後も彼女は僕の腕を掴んで話さなかった。歩きにくいのでやめてくれと言うと、
泣きそうな顔をしてくるので仕方なくそのままにさせていた。
とここまで思い出して、先ほどの森野の発言がおかしいことに気づいた。
森野は僕を駅前の喫茶店で見かけたと言っていたのに、その後僕らが腕を組んで歩いていたことを指摘した。
ということはつまり……

「尾行したのかい?」
「尾行だなんて人聞き悪いわね。たまたま方向が同じだっただけよ。」
僕らは喫茶店に1時間以上いたので、喫茶店の外で待っていない限り僕らのその後を見ることは
できないはずだが、これ以上言うと森野がますます不機嫌になりそうなので、あえて黙っておく。
「それで?」
「それでって、なにが?」
「とぼけるつもり?一緒にいた女の子のことよ。あなたの彼女かしら。」
そこでようやく森野が僕に何を聞きたいのかがわかった。要するに彼女は、昨日僕と一緒にいた
女の子が誰なのか知りたいわけだ。僕一人でまた何かの事件を嗅ぎまわっていると思っているのだろう。
「ああ、別に事件を探っているわけじゃないから安心しなよ。
何かおもしろそうな事件があったらちゃんと君にも連絡する。」
これで森野の不機嫌も治るだろう。
そう思い、帰ろうと席を立つと、まだ森野がこちらをじっと見ているのに気づく。
まだ納得していないのだろうか。それとも僕が嘘をついて、一人で事件を探っていると思っているのか。
そう考えていると、森野がおずおずといった感じで切り出してきた。
「そういうことじゃないわよ。あなた、事件のことには鋭いのに、こういうときはほんと鈍いわね。
それともわざと……いえ、いいわ。」
そう言うと、プイといった感じで顔を背け、さっさと教室を出てしまった。
僕は何か間違えてしまったのだろうか?さっきまでの一連の会話を反芻してみるが、やはりわからない。
とりあえず森野の後を追うべく教室を飛び出した。

学校を出てから15分ほど経つが、その間僕らの間に会話は無い。
それは今日に限ったことではなく、僕と森野はいつもこうだ。
森野は口数が極端に少ない。そのおかげでクラスでは浮いた存在になっている。
僕もあまり人付き合いが得意ではないが、「明るい好青年」の仮面をつけることで
クラスで浮くこともなく、それなりに顔も広い。最近はそのせいでプライベートでも
面倒なことが増えてきているけれど。
そんなことを考えていたら、ふと、森野と一緒に歩くのは随分久しぶりだということに気づいた。
森野は僕がクラスの誰かと話している時は決して話しかけてこない。
話しかけてくるのは僕が一人でいるときだけだ。
一応お互いの携帯番号もアドレスも知っているけれど、僕も森野も滅多に連絡をしない。
最後に一緒に帰宅したのが2週間前だから、僕と森野は2週間接触が無かったことになる。
とここまで考えて、僕は自分が何を考えていたのかわからなくなった。
2週間接触が無かったからどうだというのだ。別に待ち遠しかったわけではない。
ないと思う。ないはずだ。

自分の中に浮かんできた考えを振り払うべく隣に歩いている森野に目をやると、彼女と目が合った。
どうやら僕が考え事をしている間、ずっと僕のことを見ていたらしい。
森野はしまった、というような表情をほんの一瞬した後、すぐに視線を前に戻した。
僕はそのまま森野を眺めた。すらっと細い脚、くびれた腰、綺麗な指、白い首筋。
そのどれもが異常なまでの魅力を放っている。今まで何度か事件に巻き込まれたことがある森野だが、
犯罪者を惹きつけるフェロモンが出ているのだろうか。
そして、森野に初めて話しかけられたあの日から、僕もそのフェロモンに惹きつけられた一人なのかもしれない。
「あまりじろじろ見ないでちょうだい。」
森野に言われて、僕は彼女の脚から顔までを(言い方は悪いが)舐め回すように見ていたことに気づいた。
普段は無表情の森野の顔が赤くなっている。どうやらまた不機嫌にさせてしまったらしい。
「ごめん。あんまり綺麗だったから。」
とりあえず謝っておく。これ以上不機嫌にさせてしまっては今後何かの事件が会った時に話し合える
唯一の知り合いを失うことにあってしまう。そう、あくまで彼女と僕はGOTHのことで話し合う関係だ。
そう自分に言い聞かせていると、森野が目を見開いて僕を見ていることに気づいた。

森野がこんな顔をするのはいつ以来だろうか。夏休みのあの時以来だろうか。
僕はかなりの衝撃を感じながら森野の顔を見つめた。森野はまだ驚いた顔をしている。
先ほどの自分の発言を思い返す。そこで自分の発言のまずさに気づいた。
森野の体をじろじろ見た後に「綺麗だ」なんて、年頃の女の子には気色悪いだろう。
これでは僕が体目当てで森野と一緒にいると誤解されかねない。
「誤解しないでほしいのだけれど、変な意味じゃないよ。」
とりあえず訂正しておく。僕は性的な意味ではなく、あくまで芸術的な意味で綺麗だと思った。
言ってから数十秒たち、森野からの反応が無いことを不審に思い彼女に目をやる。
森野は俯いて何事かをぶつぶつ呟きながら歩いていた。顔を覗き込むと、先程よりも真っ赤に染まっていた。
「な、なに?」
顔を覗き込んでいる僕に気づき、森野は吃驚したような声を出した。
先程の僕の発言は聞いていなかったらしい。もう一度言おうかと思ったが、視界の隅に「神山」と書かれた表札を見とめたので
やめることにした。僕の家は森野の家よりも近いところにある。森野の家は僕の家からさらに10分ほど歩かなければならない。
「いや、なんでもない。それじゃ。」
僕はそう言うと、自分の家に入るべく門を開けた。いつもなら別れの挨拶などしないのだが、今日は僕も森野もどこか変だ。
いつもなら無いはずの感情の揺らぎがあるような気がする。こういう日は早めに別れるべきだろう。
門を閉めようと振り返ると、森野が僕のすぐ後ろ―僕の家の敷地内にいることに気づいた。
森野の顔が予想外に近くにあることに内心驚きながらも、それを顔には出さずに
「どうしたの?」
なんとかこれだけは聞くことができた。相変わらず森野には気配が無い。気づいたら背後にいることが多いと思う。
「あなたの部屋に入れてくれないかしら。もう少し話がしたいの。」
やはり今日の森野は変だ。いつもなら絶対こんなこと言わないはずだ。
そしてその森野の申し出を即答してしまう僕も。
「いいよ。」

     

    *

 

「お邪魔します。」
玄関で靴を脱ぐと、森野はそう言って僕の家に上がった。
「いらっしゃい。」
他に答える言葉が思いつかなかったので、そう言って森野の足元にスリッパを置いた。
突然のお客でろくな用意もできないが、とりあえずお茶くらいは出すつもりなので
先に僕の部屋に行っててほしいということを森野に(なるべく穏当に)言うと、
森野はわずかに頷き、
「次からは前もって言うわ。」
と言い残し二階の僕の部屋に向かった。
次からは、ということは森野は今後も僕の部屋に来るつもりなのだろうか。
そんなことを考えながら台所で二人分のお茶と茶菓子を用意し、自室に持って行った。
一応森野がいることを考慮し、控えめにノックをしてから部屋の扉を開けた。
森野は僕に背を向け窓から空を見上げていた。
「雨が降ってきたわ。」
外を見ると、確かに先程までの晴天と打って変わりどす黒い雲が一面に広がっている。
見る限り夕立のようなので森野が帰る頃には止むだろう。
僕はテーブルにお茶と茶菓子を置き、まだ空を見ている森野の傍に椅子を引き寄せ、座ったら?、と声を掛けた。
森野は僕の顔と椅子とを交互に見やり、それを三往復ほど繰り返した後、僕のベッドの端にちょこんと座った。
今のは一体どういう意味なのか考えたが、森野は偶に僕には理解できない奇行をするので、今回もそれだろう。
仕方ないので、森野に使われなかった椅子を引き寄せ、僕も腰を下ろした。
その時視界の端で森野の不機嫌そうな顔が映った気がするが、おそらく気のせいだろう。
不自然なほど端の方に座ったのも、きっと気のせいだろう。


「それで、話ってなんだい。」
「あ……その、そうね……。」
森野にしては珍しく逡巡している。いつもの彼女らしくない……と思ったが、今日一日の森野はどこか
おかしいということを思い出した。これでは森野が『普通の』女の子みたいだ。
「あ……そう、進路。進路は考えてるの?」
「進路?」
「この前進路調査の紙が配られたでしょう。あなた進学するの?」
そう言われて思い出した。確かに先週の金曜、HRに進路調査の紙が配られた。
担任は来週の金曜、つまり明日提出するようにと言っていた。
森野から進路の話を振られるとは思っていなかったが、彼女も一応人生設計とやらを考えているのだろうか。
「一応進学希望だけど。」
「そう。大学?」
「うん。A大。」
「あ、あらそう。き、奇遇ね。私もA大なの。」
A大は地元の私立大学で、僕の家からも近い所にある。レベルの方は二流といったところだが、僕の今の成績では
少し努力が必要だろう。しかし森野の成績ならもっと良い大学に行ける気がするが、まあ今の高校を選んだ理由も
「制服が気に入ったから」なんてふざけたものだった森野だから、おそらくA大を選んだのも気まぐれだろう。
「でもA大ならあなた少し勉強しないといけないわね。……そうね。私が教えてあげるわ。」
僕の現状の成績を全て把握しているかのような口調で、森野は宣言した。そう、これは宣言だった。
僕が申し出を断ることを一切考えていない、否、断るわけが無い。そういう言い方だった。
しかし僕としても勉強しなければいけない立場で、教えてくれるのが僕よりも遥かに成績優秀な森野とくれば
断る余地は無かった。
「それじゃ明日から勉強始めましょう。場所はここで。」
そう言って森野は立ち上がった。帰るつもりだろう。僕としてはこれから先ずっと僕の部屋で勉強するのか
聞きたかったが、とりあえず今日は止める事にして森野を玄関まで見送るべく僕も立ち上がる。
とその時、森野の足がテーブルの淵に当たり、バランスを崩した。
冷静に考えれば森野の後ろにはベッドがあり、倒れたとしても柔らかいベッドの上なら怪我もしないだろうに、
何故か僕はその事に考えが及ばず咄嗟に森野に駆け寄り、僕が下になるように森野を抱えて倒れ込んだ。

軽い衝撃の後、瞑っていた目を開けると、森野の白い首筋が目の前にあった。
今の自分の状態を確認してみると、僕は森野を抱き締めた状態でベッドに横たわっている。
鼻腔にわずかに甘い匂いが漂ってくる。森野は香水の匂いを嫌い付けていない。
これが女の子特有の匂いというやつか。僕はそんなことを考えながら自然と森野の首筋に口を近づけた。
森野の体が強張るのが伝わる。僕の吐息を感じているのだろうか。
僕はこのまま森野の首筋に口付けたい衝動を体中で感じながらも、それをやった後のことを想像し、止めることにした。
森野を抱き締めている手を解き、とりあえず謝ろうと森野と向かい合った瞬間、森野の顔が飛び込んできた。
閉じられた瞼。唇に感じる柔らかい感触。僕は森野とキスをしている。
正直に言ってしまえばこれは僕のファーストキスなのだが、森野はどうだろうか。
そんなことを考えながら、僕は意外と自分が冷静でいることに驚いた。
それとも驚きのあまり逆に冷静さを取り戻したのだろうか。ともかく、僕は森野とキスをしている。
状況からするに、森野からしてきたようだ。キスをしてから10秒ほど経つが、未だに森野の瞼は伏せられている。
頬に森野の微かな吐息を感じる。
「んっ……」
森野の唇の柔らかさを感じながら、僕はもっと森野の体に感じたいという欲求が湧き出てくるのを感じた。
森野の背中に手を回すと、森野は僅かに体を強張らせた後、ゆっくりと体の力を抜いた。
そのまま森野の背中を撫でる。
「あっ……ん……」森野の漏れ出た声が聞こえてくる。悦んでいるように聞こえるのは僕の自惚れだろうか。
そのまま円を描くように森野の背中を撫でていると、彼女の舌が僕の口内に侵入してきた。


舌と舌が絡み合い、ぴちゃぴちゃとした音が静寂な室内に響く。
僕は一心不乱に舌を絡ませてくる森野を受け止めながら、これがディープキスというやつか、なんてことを考えていた。
頭のどこかで酷く冷めた部分を感じながら、それとは正反対に僕の体は昂ぶっている。
こんな興奮は今までのどんな事件でも味わえなかった。
それはこれから行うであろう性交が初めての体験だからか、それとも相手があの森野夜だからだろうか。
今まで何度も頭の中で殺した相手、森野。その森野が今現実に、僕の手に入ろうとしている。
その考えに至った瞬間、堪えきれない衝動が体中を駆け巡る。
僕は絡ませていた舌をほどき、森野の制服を上に捲った。
森野の名残惜しそうな顔を一瞥し、頬に口付けた。
それだけで森野は恍惚の表情をする。彼女はずいぶんと感じやすいようだ。
そのままブラジャーに手をかける。森野の背中に手を回すが、ホックが見つからない。
女性の下着は妹のを見かけたくらいで、ほとんど知識が無いからはずし方がわからない。
背中に手を回したまま手探りで探していると、ふいに森野が微笑んだ。
「これ、フロントホックよ。」
僕の手を取り、ブラの金具に持っていく。よく見ると確かに谷間の辺りにホックが付いている。
そして僕の手を取ったまま、僕の手を使いホックをはずした。
どことなく気まずさを感じ森野の顔を見ると、森野はまだ微笑んでいる。
なんというか、今までに感じたことの無い感情だ。
今まで僕と森野の間にあった優劣性が一気に逆転してしまったかのような。
「その……こういうの初めて?」
森野が聞いてくる。具体的な言葉を使わないあたり、彼女も照れているらしい。
「まあ、その……そう。」
なんと答えたらいいのかわからず、もごもごと答えてしまう。
「そう。少し意外ね。あなた、学校では活発そうだから。」
「君は僕の本当の顔を知っているだろう。そんなことは無いよ。」
「そうね。私は本当の神山君を知っている。私だけが。」


森野の胸に手を伸ばす。柔らかい感触。ちょうど掌に収まるくらいの大きさだ。
なるべく丁寧に揉みながら、乳首を軽くつまむ。
「あっ」
森野が声を上げる。軽くつまんだだけでこれでは、この先どうなってしまうのだろうか。
乳首はすでに立っていた。僕は乳首を口に含み、甘噛みしながら吸い付いた。
「んっ……あぁ」
森野は病的なまでに肌が白く、それは胸も例外ではなかった。
僕はいま森野の体を文字通り味わっている。
普段はめったに高まることの無い胸の鼓動が凄まじい勢いで響いている。
もうここまできては止めることなど出来ない。するつもりもない。それは森野も同じはずだ。
僕は欲望のままスカートの下の下着に手をかけ、ゆっくりと下ろしていった。
そこにはじっとりと湿った後があり、それが粘着性の糸を引きながら森野の太股に続いていた。
「濡れてる。」
「言わないで。」
森野に羞恥の色が見えた。僕はそんな森野を純粋に綺麗だと思ってしまった。
謝罪の代わりに森野の目の下―ちょうど泣き黒子のあたりに口付ける。
そのまま軽く口付けを続ける。これはお互いに緊張をほぐす為だ。これから行うことに対して。
森野の性器は十分過ぎるほど濡れていたが、僕は指をゆっくり入れた。
「んっ」
指はすんなり入った。続けて指をもう一本増やし出し入れを続ける。
「あぁっ!」
指を引き抜くと、透明な液体が糸を引いてシーツに落ちた。
もう大丈夫だろう。僕は下着を脱ぎ捨てた。僕の方はもう万全だ。
森野の視線を股間に感じながら、膨張した性器を森野の秘所にあてがう。


「いくよ。」
森野が頷く。僕はゆっくりとペニスを侵入させていった。
「あっ……うぅ……ん」
苦しそうな森野の声が響く。半分ほど入れたところでとりあえず動きを止めた。
まだペニスの先端ほどしか入っていないが、森野の膣はかなりきつく、締め付けられてくる。
このままではすぐに達してしまいそうだ。最近自慰をしていなかったのも原因だろうか。
森野の顔には玉の汗が浮かんでいる。相当痛いようだ。
「大丈夫?」
「平気よ。続けて。」
気丈にも森野は口の端を吊り上げ、僕にそう言ってきた。
もしかして今のは笑顔のつもりだったのだろうか。先程の微笑みは非常に綺麗で自然だったが、
どうやら森野は意識して笑うことができないようだ。
僕としてもこのまま止めるつもりは毛頭無いので、そのままペニスを突き進めていく。
森野がシーツを力いっぱい握っているのが見える。ゆっくりやっては逆に悪いかもしれない。
僕は一気に腰を突き上げ、ペニスを森野の膣深くまで入れた。
根元まで入れたペニスは、膣の中で締め付けられてくる。
少し強すぎるくらいだ。これでは5分と持たない。
僕は森野の様子を窺う。先程までは尋常ではないほどの苦しみ方だったが、今はそうでもない。
これなら多少動いても平気だろうか。
そう思っていた矢先、森野から「動いて」との要請があった。
このまま達してしまいそうな僕としては、遠慮なくその言葉に従う。
ゆっくりと腰を動かす。これまでに無い快感が全身を駆け巡っていく。
「んっあっあっ……くふぅ…う」
森野はなんとか声をあげないように堪えているようだったが、その苦労も空しく室内には森野の嬌声と
ちゅぷちゅぷと淫らな音が響いている。
ふと結合している部分を見ると、ペニスが血で染まっていた。


そういえば先程のやり取りで僕が初めてだというのは明かしたが、森野からは聞いていなかった。
しかし、これではっきりしたというわけだ。考えてみれば聞くまでもないことだったが、
僕よりも遥かに人付き合いの下手な森野なのだから、経験があるわけが無い。
僕は森野も初めてだったというその事実を認識し、心のどこかでほっとしているのを感じた。
独占欲、というやつだろうか。
そういえばあの時も、森野が殺される場面を見る絶好の機会だったのに、何故か僕は森野を助けてしまった。
僕は森野をどうしたいのだろう。いつかはこの手で殺すと思う。だがそれはずっと先のことだ。
そう、僕は森野を殺すその時まで、ずっと彼女を見守らなければいけない。
森野を抱き締めながら、激しく腰を動かす。そろそろ限界だ。
「んっんっんあっ……神や…ま…君……!」
僕の名を呼ぶ声が聞こえる。それに合わせるように腰を強く突き上げていく。
「な、まえを……呼んで…!」
体を揺らしながら、森野が震える声で言った。
ああ、わかったよ。
「ぁあっ……夕……!」

僕は果てた。

行為の後の気だるさを感じながら、僕は隣で寝ている森野の髪をそっと撫でた。
サラサラといい手触りがする。やはり森野でも手入れに気を使っているのだろうか。
目にした者が吸い込まれるかのような真っ黒な髪。
そして病的なまでの白い肌。このコントラストが森野の神秘的な美しさを形作っている。
森野の寝顔を眺める。間近で見ると、改めて端正な顔立ちをしていると感心してしまう。
森野は未だにクラスの誰とも喋らないし(僕は別だが)、他人を寄せ付けない雰囲気をこれでもかと醸し出し
学校では常に一人でいる。そんな彼女だが、実は隠れファンが多い。事実僕のクラスにもいわゆる「森野狙い」が
何人かいるし、学校中にその名は広まっているそうだ。
僕はそんな事実から、なるべく学校では森野と会話をしないようにしてきた。
するにしても放課後、誰もいない教室でが常だった。そこまで細心の注意を払っていたのだが、
どこかで僕らが話しているのを見た生徒がいたらしい。僕と森野が付き合っているという噂が流れ始めた。
そういう噂が流れているのは知っていたが、僕自身積極的にその噂を否定するようなことはしていなかった。
クラスの男子には冗談半分で聞かれたりもしたが、そのいずれも本気で噂を信じている類のものでは無かったし、
事実噂を信じている生徒もおそらくほとんどいなかっただろう。
要は何かと有名な森野に関する噂が欲しかっただけで、別にそれが恋愛の話である必要はなく、その相手が
僕である必要もなかったということだろう。偶々森野と会話をしている僕を見かけただけのことだ。
僕は表向きでは「成績は悪いが明るい高校生」を演じている。すると当然クラス内での交流にも
付き合わなければいけない。ここ最近はずっとそれに時間を割かれていた。勿論森野は呼ばれていない。
その中で、同じクラスのある女子生徒と話をする機会があった。話を聞けば、彼女には別の高校に
親友がいて、その親友とやらが僕に好意を持っているという。その女子生徒も彼女の親友にも今までに
面識は無かったが、中学の時バスケ部の県大会で僕を見かけたという。確かに僕は中学の時バスケ部に入っていた。
だがそれは名ばかりで、実際は幽霊部員も同然だった。その県大会も3年の最後の試合だから、せめて
最後くらいは手伝おうと荷物持ちのつもりで行ったものだ。当然試合にも出ていない。


にも関わらず、その子は僕を好きになってしまったらしい。
僕は一体その話のどこに僕に惚れる要素があったのか逆に聞いてみたくなった。
とにかくそういうわけで、今度その子とデートをしてくれということだった。
僕は少し困った表情を作りながらも、頭の中ではどう断ろうか考えていた。
別にその子に不満がある訳ではない(既に写真は見せてもらったが、整った顔立ちをしていた)が、
僕は今のところ誰とも付き合うつもりは無い。僕自身そういう他人との繋がりにさほど興味を持てない性分だし、
それに何より――とここで何故か頭の中に森野の顔が浮かんだ。
いつものあの無表情な顔。それがほんの少しだけ悲しそうに見えた。
間の悪いことに、丁度その時女子生徒が言った。「やっぱり森野さんと付き合ってるの?」
僕はその問いにほとんど脊髄反射で答えた。
なんと言ったかはよく覚えていないが、否定の意味の言葉をズラズラと並べていった気がする。
その結果、僕はその女子生徒の親友とデートをすることになってしまった。
それが昨日の出来事である。
彼女は、ほとんど初対面である僕に対して異常なまでに馴れ馴れしく、散々連れ回されることになった。
帰宅後、同じクラスの女子生徒から電話があり、デートの内容から今後の展開までを根掘り葉掘り聞かれたが、
僕は今後のお付き合いは遠慮したいという旨を、できるだけ波風立てないような言い回しで伝えた。
電話の向こうの彼女は僕の言葉を聞いて少し残念そうな声を出したが、すぐに元の声の大きさに戻り電話を切った。
通話が終わった後、メモリから 森野夜 を探し出し、電話を掛けようか逡巡したが、何を言ったらいいのか
思いつかず、止める事にした。


思えば、放課後森野に話しかけられたことからこうなったのか。
森野の頬に手を伸ばす。とふいに森野が目を開けた。
「起こしちゃったかい。」
「起きてたわ。」
頬に伸ばした僕の手に自分の手を重ね、指を絡ませてきた。
「一つ聞いていいかしら。」
「何だい。」
「あなたは私のことをどう思ってるの。」
痛い所を突いてきたな、と思った。それは僕自身が一番知りたいことだ。
瞬時に恋人、彼女、という単語が浮かんできたが、どれもしっくりこない気がする。
僕は森野と今までにいくつかの事件に遭遇してきた。きっとこれからも僕は森野と一緒にGOTHに関わっていくのだろう。
そう、僕達にはこの言葉が一番合うだろう。
「最高のパートナーだと思っているよ。」

        終

エピローグ
その後、森野はたっぷり10秒は固まった後、顔を真っ赤にしてシーツに顔をうずめた。
ぶつぶつと何事かを呟いている。よく聞こえないので耳を近づけてみると、
「そんな」「まだ高校生」「でも」「どうせ」「両親に」「挨拶を」という言葉が断片的に聞こえてきた。
どうやら僕はまた何か間違えてしまったようだ。
森野の中では「GOTHのパートナー」ではなく「人生のパートナー」ということになっているらしい。
きちんと言い直そうかと思ったが、一概に間違いとも言えないということに気づいた。
どちらにしても僕らはこれからも一緒にいることになる。それに僕はもう森野から離れられないだろう。
彼女の白い肌にナイフを突き立てるその日までは。


その後妹が帰宅し、玄関で森野の靴を見た妹の「あれ、お客さん?」という声を聞きながら急いで
服を着て後始末をするはめになった。
ノックもせずに僕の部屋に入ってきた妹は、何故かベッドで正座している森野と僕を見た後、
ニヤリという音が聞こえてきそうな笑みを浮かべ「あっ森野さん。こんにちは。」と挨拶した。
森野はほんの僅かに会釈をした後、口の端を吊り上げ「こんにちは。」と言った。
森野なりに愛想よくしようと努力したようだ。
無駄かもしれないが一応妹に弁解しようと試みたが、「いいからいいから」「お母さんには黙っててあげる」と
一蹴された。僕は「絶対母親に言うだろうな」と確信しながらも、とりあえず「頼む」と言っておくことにした。。
妹が親指を立てて了承の合図を返してきた。これは駄目だ。
森野はそんな僕らのやり取りを見ながら「良い妹さんね。」と見当違いなことを言っていた。


このことから、後日僕は森野の家に招かれることになるのだが、それはまた別の話にしておく。

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