日曜日の午前10時、僕は駅前の喫茶店で森野と待ち合わせをした。
土曜日、つまり昨夜の晩に森野から「明日10時 駅前の喫茶店で」と用件のみを伝えるなんとも味気ないメールが
送られてきた。そこには僕の意思の介入は許されていない。
僕は森野の指示通りに休日の朝にもかかわらず早起きし、駅前の喫茶店に向かった。
家を出る時、妹と母親が僕を見ながらヒソヒソと何か話していたようだったが、無視しておくことにした。
9時30分に指定の喫茶店に着いたが、森野はまだ来ていないようだった。
僕は人と待ち合わせをしているということをウエイトレスに告げ、窓際の外の通りがよく見える席に着いた。
コーヒーを注文し、森野が来るまで文庫本を読んで時間を潰すことにした。
僕が今読んでいるのは、10年ほど前にとある地方で起きた連続殺人事件の被害者の手記だ。
この事件は地方の農村で起こった。近所の住民が数日置きに失踪していき、不審に思った住民たちが警察に通報し
山狩りを行ったところ、無残な惨殺死体がいくつも発見されたという。調べた結果、犯人は農村の住民の一人で、
犯行当時42歳の男性。警察の調べでは、意味不明な供述をしていたらしく、精神鑑定も行ったが結果は正常。単に
罪を逃れるための出鱈目を言っていたと結論付けられたそうだ。この手記には、被害者と遺族がどれほど深い
絆で結ばれていたか、そして犯人に対する怒りと憎しみで埋め尽くされていた。最後にほんの申し訳程度に
今後二度とこういう事件が起きないことを祈る、と付け加えられていた。
僕は被害者と遺族のエピソードは適当に読み飛ばしながら、犯人の供述の部分に興味を惹かれ読むことにした。
この犯人は、特に被害者に恨みがあったわけではなく、むしろ非常に良好な近所付き合いをしていたという。
ところが何故か、そのような付き合いをしているうちに、彼らをバラバラに切り刻みたい衝動が沸き起こったそうだ。
そして犯人はその衝動のままに殺害、死体を切り刻み山に捨てた。犯人はこれを7回も繰り返した。
僕にはわかる。この犯人がどのような気持ちを抱き殺人を犯したのか。
人間には殺す人間と殺される人間がいる。僕は前者だ。そしてこの犯人も。
彼らは常に獲物を探している。自分の欲を満たしてくれる存在を。
この犯人もそれを見つけたのだろう。だから殺したのだ。
そう、そして僕も見つけた。森野夜を。



入り口のベルが鳴り、そちらを見ると森野がやって来た。
森野は黒のハイネックと黒いロングスカートという、上も下も真っ黒な服装だった。
僕と向かい合う形で座ると、テーブルの上にある僕のコーヒーを一瞥した後、「私も同じものを」と注文した。
森野は僕が先程まで読んでいた本のタイトルを見ると、じっと僕の目を見つめてきた。
ほんの最近のことだが、僕は森野の微妙な表情の違いがわかるようになった。
以前はどれも同じ無表情にしか見えなかったが、どうやらその無表情の中にもバリエーションがあるらしい。
ちなみに今僕を見ているこの顔は、納得半分、呆れ半分といったような具合だろうか。
「あなたらしいわね」という言葉が聞こえてきそうな表情をしている。
僕が読んでいる本の内容が、いつも殺人事件の関連書物だということをいっているようだ。
本を鞄にしまい、コーヒーで唇を湿らせる。
森野が注文したコーヒーが運ばれてきた。二人して無言でコーヒーを飲む。
このままでいるわけにもいかないので、僕は先に用件を聞くことにした。
「今日の予定は?」
「そうね、いろいろあるわ。本屋にも寄りたいし、百貨店にも行きたいの。」
どうやら森野は買い物をするために僕を呼んだようだ。荷物持ちといったところだろうか。
具体的に何を買うのか聞こうかと思ったが、どうせ店で買う時に見れるだろうと思い、止めておいた。
森野がコーヒーを飲み終わったので、伝票を持って立ち上がる。
僕個人としては、こういう場合男が会計をするということを是としているわけではないが、今日の場合は
僕が支払うべきだろうと直感した。レジに向かう間、背後にいる森野の様子を窺うが、僕が支払うことに異論は無いようだ。
今回は間違えた選択はしなかったらしい。やはり今日の待ち合わせで森野がこの喫茶店を選んだのは偶然ではないようだ。
『あの日』のことはすべて説明したはずだが、まだ少し根に持っていたのかもしれない。
喫茶店を出た後、森野は先導して歩き出した。二、三歩歩いたところで僕の方を振り返り、まるで
「こっちよ」といっているかのような仕草で僕を手招きした。僕はそんな森野の姿にほんの少しだけ見惚れながらも
彼女の後を付いていった。

森野に先導されながら歩いていく。僕は森野の一歩後ろを歩きながら、おそらくこの先の百貨店に向かっているのだろうと
あたりをつけた。その百貨店はこの地域で最も大きく、休日ともなると家族連れで賑わっている。
僕も森野も人混みが苦手で、長時間そういう場所にいると頭が痛くなってくる。
歩くこと15分、その間も僕らには会話は無かった。僕らが一緒に歩く時は常にこうだったが、今日は少しだけ
いつもと違った。会話は無かったが、歩いている間両手で数えて足りないほど、森野と目が合った。
目的地が分かってから、僕は森野の隣に並び歩いた。視線を感じる。ちらと横目で見ると、森野が僕を見ている。
何か用だろうかと思い森野の方に顔を向けると、数秒後何事も無かったかのようにまた前を向く。これの繰り返しだった。
僕は森野の真意がさっぱりわからなかったが、森野の奇行を気にしていたらきりが無いので、考えるのをやめた。
百貨店の入り口に着くと、そこには既に人混みが出来上がっていた。僕は正直、この光景を見た瞬間Uターンして
帰りたかったが、隣の森野は多少眉をひそめてはいるものの、帰る様子は無いので仕方なく彼女について行った。
エレベーターに乗り込むとすぐに定員ギリギリの人数が押し込まれ、僕と森野は隅に追いやられる形になった。
僕は腕をつっぱりなんとか人一人分のスペースを確保し、そこに森野をかくまった。
これは森野を守るとかそういうわけではなく、森野をこの状況で放置した場合ほぼ間違いなく不機嫌になり、そして
その被害を受けるのは一緒にいる僕だからだ。つまりは自分のためである。
僕は数十センチの距離にいる森野を見下ろす。森野は何かを言いたそうに唇を動かしたが、結局何も言わず俯いた。
べつに僕は感謝を求めていたわけではないので特に気にしなかったが、ふと胸に柔らかい感触を感じた。見ると
森野が僕に寄りかかるかたちで密着してきた。手を僕の胸に当て、そのまま頬もすり寄せてきた。
ふいに森野の首を絞めたいと思った。森野と一緒にいるとき、偶にこういう衝動に駆られることがあった。
僕はそういう時いつも自分の頭の中で森野を殺した。刺殺の時もあれば、撲殺、絞殺などあらゆる殺し方を試した。
しかし森野に撲殺は似合わない。殺すならやはり絞殺か刺殺だろう。だがどちらにしても森野の手首は切り取る。
森野の手首にある傷跡。行き場を無くした感情の捌け口。僕が森野に興味を持った切欠でもあった。
僕はそっと森野の手を握った。


周りの客の視線を痛いほど感じながらエレベーターが4Fに着き、森野は僕の手を引いて降りた。
4Fは雑貨売り場で、日用雑貨から工具まで揃っている。
森野の後をつき、売り場を見て回る。森野はふらふらと売り場を彷徨い、適当なものを手に取っては戻すを
繰り返していた。10分ほど徘徊した後工具売り場に辿り着き、ここから森野は品物を一つ一つゆっくり見始めた。
釘、トンカチ、スパナ、ノコギリ。いずれも凶器になり得るものばかりである。僕もそれらを手に取り眺めながら
人を殺す想像をして楽しんだ。森野に目をやると、ノコギリを手に取りうっすらと笑みを浮かべている。
おそらく自分がノコギリで殺された時のことを想像しているのだろう。以前紐を買いに行った時もそうだったが、
森野は常に受身の考え方をしていた。僕はその逆で、自分が加害者の場合を考えている。
結局このフロアで森野は何も買わなかった。僕は森野の考えがますますわからなくなったが、以前妹と買い物した際の
ことを思い出した。概して女性の買い物は非常に長い時間がかかるもので、それは森野といえど例外ではないのだろう
という結論に達した。
エレベーターに戻り、今度は6Fに向かう。僕は案内表示を見て衝撃を受けた。婦人服売り場と書いてある。
僕の困惑をよそに、6Fに着くと森野はさっさと一人で下り、歩き出した。数歩遅れて僕も歩き出す。
嫌な予感を感じながらも、必死にそれを押し殺しながら森野の後を着いていくと、ピタと森野が立ち止まった。
つられて僕も立ち止まる。目の前には少し派手な下着を着用したマネキンが数体並んでおり、さらのその奥の
売り場にはおびただしいまでの量の女性用下着が陳列していた。
流石にこれは逃げるしかないと思い、回れ右をしようとしたが、途中で森野に肩を掴まれた。
「逃げないで。」
「トイレだよ。」
「我慢しなさい。」
僕の巧妙な言い訳も一蹴されてしまった。がっちりと腕をつかまれ、僕は森野に引っ張られながら売り場に向かった。

時折、ちゃんと僕がついてきているか確認しながら、森野は下着を物色し始めた。
僕はさりげなく周囲を見回してみるが、案の定視界に入る客は全員女性だった。
森野に目をやると、彼女はブラジャーを手に取り吟味している最中のようだ。
これ以上無い居心地の悪さを感じ、ここから離れるべく森野に交渉することにした。
「僕は向こうに行っててもいいだろう?」
「あら、何か問題でもあるのかしら。」
「意地が悪い言い方をするね。」
「っ……。」
森野が沈黙する。俯いて何事かをぶつぶつと呟いている。
長い髪に隠れ、森野の表情は読み取れない。
僕は少し言い方が悪かったかな、と思いながらも、何にせよこれでこの場から離れられると思い、森野に背を向けた。
その時、背中にわずかな抵抗を感じた。振り向くと森野が俯いたまま僕の服をつまんでいるのが見えた。
今度こそ本当に怒らせてしまったかと思い様子を窺うと、森野が顔を上げた。
森野の顔は真っ赤に染まり、怒っているのか泣きそうなのかよくわからない表情をしていた。
「待って……、意地悪したつもりじゃなかったの…。」
僕の服をつまんでいる手が震えている。どうやら泣きそうな方だったらしい。
「じゃあ、なぜ?」
「あ、あなたに……その、選んでほしくて……。」
僕は頭をハンマーで殴られたような気分になった。
目の前の森野は先程より更に顔を赤くし、気のせいか眼が潤んでいるように見える。
森野はチラチラと僕の様子を窺いながら、僕の返事を待っているようだった。
ふと視線を感じ周囲を見回すと、フロアの客たちが僕と森野を見ている。
下着売り場で彼女と喧嘩し、泣かせてしまった彼氏―――おそらくこんなふうに見られているのだろう。
これ以上周囲の注目を集めるわけにはいかない。
僕は森野に向き直り、下着選びに付き合う旨を伝えた。
すると森野は一瞬にして普段の無表情に戻り、「じゃあこれからお願い」とブラジャーを僕に見せてきた。


あまりの変わり身の早さに少しとまどいながらも、僕は言われたとおりブラジャー選びから手伝うことにした。
森野は一つ一つブラジャーを手に取りながら、慎重に選んでいた。
僕は適当に手に取りながら、森野の下着のサイズを知らないことに気づいた。
森野と初めて性交をしたあの日から、僕らは週に2、3度は関係を持っていたが、今まで森野の胸が何カップかと
いうことに意識が及ばなかったのは僕が間抜けだったということだろう。
ともかくサイズを知らないことには選びようが無いので、森野に聞くことにした。
「君は何カップ?」
「それ、セクハラよ。」
冷たくあしらわれた。大きさを気にしているのだろうか。
僕個人の嗜好としては、あまり大きすぎてもいけない。ちょうど掌に収まるくらいがベストだ。
そう、ちょうど森野の胸のような。
「君のサイズがちょうどいいと思うよ。」
フォローを入れておく。森野は僕をじっと見た後、ブラジャーに向き直り「Bよ」と答えた。
僕の予想通りだ。棚からBカップで森野に似合いそうな下着を選んでいく。
ふと黒い下着が目に入った。
今までのことを思い出してみるが、森野は私服とは反対に下着はいつも白だった。
偶々僕との行為の時だけ白い下着を着用していた可能性も考えられたが、確率からいってそれは違うだろう。
森野が黒い下着を着用している様子を思い浮かべてみる。肌が病的なまでに白いせいだろうか、
森野には黒という色がよく似合う。というよりも、森野が今時の女の子のような、カラフルな格好をしているのが想像できない。
――いや、確か一度だけ森野のそういう姿を見たことがあった。淡いピンクのキャミソールを着て、
そう、あれは森野が手帳を拾ったときの――
そんなことを考えながら、僕はずっと黒い下着を握ったままだったらしい。森野が僕の顔を覗き込んできた。
僕は内心の動揺を悟られないようにしながら、僕の目をまっすぐ見つめてくる森野に握っていた下着を渡した。
「これなんか似合うと思うけど。」
「黒ね……、黒はまだ早いと思って持っていなかったのだけど、……あなたがそう言うなら。」
意外にも森野はあっさりと僕の勧めた下着を受け入れた。この様子だと、もう少しきわどいものでも大丈夫かもしれない。

その後も僕は黒い下着を中心に森野に勧めていった。
僕が勧める度に森野は「なんかごわごわしてるわ」「ヒラヒラが邪魔よ」「いやらしい」など
顔を赤くして文句をつけながらも、満更ではない様子だった。
僕の頭の中では、森野がそれらの下着を少し恥ずかしそうに着用している姿が鮮明に描き出されていた。
そうしているうちにかれこれ30分経ち、結局最初に僕が選んだ黒の下着を買うことにした。
購入する時、レジの女性が代金を払おうとした森野とその後ろにいた僕を見比べ、怪訝な顔をした。
僕はその意味がわからず突っ立っていたが、森野はレジの女性に軽く頷き、僕に振り向いて微笑んだ。
「お願いね。」
どうやら僕に払わせるつもりのようだ。
「優しい彼氏さんですね。」
レジの女性が言った。森野はその言葉を特に否定もせず、財布を取り出した僕を見て微笑んでいた。
こういう状況では男性が払うのが暗黙の了解らしい。
財布から5千円札が1枚なくなり、これ以上森野が買い物しないことを願いながらエレベーターに向かう。
森野は荷物を全て僕に預け、一人身軽そうだ。顔にはうっすらと笑みが浮かび、鼻歌まで聞こえてきそうなほど
上機嫌に見える。そんなにこの下着が気に入ったのだろうか。それとも僕に奢らせたのがおもしろかったのか。
多分後者だな、と思いながら、また満員に近いエレベーターに乗り込んだ。
僕と森野は隅に追いやられ、定員オーバーのブザーが鳴らないのが不思議なほどだった。
僕は荷物で手が塞がれスペースを確保することができず、森野と正面から密着する形になった。
僕の方が少し背が高いので、僕からは森野の頭部が見える。
森野は僕の胸に体を預け、丁度心臓のあたりに頬をくっつけてきた。
鼓動を聞いているのだろうか。僕は自分の心拍数がいつも通りであることを確認した。
その時、下半身に違和感を感じた。見ると、僕の股の間に森野の左手が入り込んでいる。
森野の細い指がジーンズの上から僕の股間を円を描くように滑っていく。
また森野の奇行が始まったようだ。僕を動揺させるつもりだろう。
幸いにも、ジーンズの生地のおかげで刺激が少ない。
この程度なら耐えられる。
そう思っていた矢先、おかしな音が聞こえた。


これは、チャックを開ける音だ。
森野はジーンズのチャックを開け、下着の上から僕の性器を撫でている。
僕の反応が乏しかったのが悔しかったのだろうか。森野は変なところで負けず嫌いを発揮するようだ。
最初はソフトタッチだったが、段々と指の動きが激しくなってきた。
僕はここで反応したら森野を調子づかせるだけだと思い、なんとか勃起しないように堪えた。
それに僕にも一応、男としてのプライドがある。下着の上から触られただけで勃起してしまうのは避けたい。
ここで勃起してしまった場合、また僕と森野の間の優劣の差が開いてしまうような気がする。
森野の指の動きが止まる。諦めてくれたのだろうか。
「っ!!」
今度はダイレクトに刺激が伝わる。見ると、下着を乗り越えて森野の指が僕の性器に絡みついている。
さすがにこれはやりすぎだ。森野の目元は髪に隠れて見えないが、口の端がつり上がっている。
意地でも勃起させるつもりのようだ。森野の指は僕のペニスをゆっくりとしごき始めた。
すでに僕のペニスは半勃ちになっていた。森野の長い指が亀頭に辿り着き、尿道をなすりつけてくる。
僕は声を上げないように必死で食いしばっていたが、また新たな刺激が現れた。
左手だけだったのに今度は右手も加わり、袋を揉み始めている。
手は竿を上下にしごき、右手は袋。これで僕のペニスは完全に勃起状態になってしまった。
執拗な亀頭への攻撃により、尿道からはカウパー液――俗に言う我慢汁が漏れ出している。
森野の指がその液をすくい取り、指と指に付け糸を伸ばした。エレベーターの照明を受け、わずかに輝いている。
完全に僕の負けだ。不意打ちを食らったとはいえ、森野のテクニックを侮っていた。
だが、このままで終わるわけにはいかない。
エレベーターが地下1階に着いた。ここは食品売り場と軽食コーナーがあるフロアで、
メインのエレベーターの反対に位置する場所にひっそりと階段があり、そこの隣のトイレはほとんど人がいない。
よく家族で買い物に来た時、人混みにうんざりした僕が逃げ場所として使っていた。
森野の手を引き、そのトイレに向かう。そこなら人目につかないだろう。
森野は特に抵抗もせず、黙って僕に手を引かれている。僕が何をするつもりなのか、もうわかっているのだろう。

僕の思った通り、賑やかなフロアとは反対にここのトイレはひっそりと静まり返り、誰もいなかった。
森野の手を引いて男子トイレに入ろうとすると、森野がそれを拒んだ。
さすがにこんな所でするのは嫌だったのだろうか。
「そっちは嫌よ。」
僕の手を取り、女子トイレに入った。男子トイレが生理的に嫌なだけだったらしい。
相変わらず森野は変なところに拘る。僕は思わず苦笑してしまった。
「何よ。」
「いや、べつに。」
森野に手を引かれて個室に入る。すると早速森野が僕に向かって目を瞑ってきた。
キスをしろということだろう。いつの間にか森野に主導権を握られている。
僕は森野と唇を重ねた。僕は森野の唇に舌をこじ入れた。
森野は抵抗せず、僕にされるがまま舌を絡ませている。
静かな個室の中で、ピチャピチャと唾液が混ざる音が響く。
やはりシチュエーションというものは重要な要素らしい。森野とこういう事をする時は僕の部屋か学校だったが、
今はその時よりも体が昂ぶっている。脈もいつもより速い。興奮しているのだ。僕も、森野も。
スカートを下にずらし、下着の上から森野の性器をさする。既に下着は濡れており、少し触っただけで指に愛液がついた。
「すごい濡れてるけど。」
「っ……、言わないで。」
少しさすっただけで森野は身をよじり、声を上げないように堪えている。
「僕のを弄っただけでこんなになったのかい?」
「だ、だから……っ言わないでって……!」
顔を真っ赤にしながら森野が答えた。図星のようだ。先程は一方的にやられたが、今度はそうはいかない。


下着をずらし、直に性器に指を入れる。
触れた瞬間、森野がわずかに体を揺らし反応した。
顔を見ると、口に手をあてて声を上げないように堪えている。
森野のこういう姿を見るのは何度目だろうか。その度に僕の中にある何かが疼く感じがする。
そうだ、これはあの時にも感じた。化学の教師に森野を襲わせた時、殺人犯に森野が拉致された時、そして――
ナイフの乾いた音が止まった時。今も僕の手に感触が残っている。刃先が肉にのめり込んでいく。
今わかった。僕はまたこの感覚が欲しくて森野といるのだろう。
そして、もしかしたら森野もまたそのために僕といるのかもしれない。
ズボンと下着を脱ぎ、ペニスを挿入する。
先程までの愛撫で森野の性器は十分に濡れており、挿入はすんなりいった。
「んっ……あっ」
森野の声が響く。トイレには僕たちの他に誰もおらず、店内のBGMが微かに聞こえてくる。
森野は未だに口に手を当てて堪えている。他の客がトイレに来た時のことを配慮しているのだろう。
ペニスをぎりぎりまで引き抜き、そこから一気に突き上げた。
「うっあっ…あっ!」
一段と大きい反応が返ってきた。今までの経験から、森野は非常に敏感で感じやすい体質のようだ。
以前学校で二人きりの時、少しうなじを触っただけで凄まじい反応が返ってきたこともあった。
腰を深く突き上げながら、左手でブラジャーを捲り乳首を口に含む。
世間一般の男性は女性の胸を好む傾向にある。それも大きければ大きいほど良いらしい。
僕個人の嗜好としては、大きすぎると逆に萎えてしまう。やはり森野ぐらいの大きさがベストだ。


軽く乳首を噛みながら吸いついた。
狭い個室に、僕と森野の性器が奏でる水音と、乳首を吸い立てる音が響く。
「んっ……あ…赤ちゃんみたいね……」
そんな森野の声を聞きながら、僕は森野の胸に顔を埋める。
ほどよい大きさの胸には、ほどよい大きさの谷間があり、そこは顔を埋めるにはほどよい弾力さとほどよい心地よさだ。
「今なにか失礼なこと考えてなかった?」
先程までの喘ぎ声とは一転、背筋が凍りそうなほど冷たい声で森野が睨み付けてきた。
森野は変なところで鋭い。
僕は左手で乳首をつまみながら、反対の乳房を口に含んだ。
「ちょっ……やぁ…」
僕はそれを無視し、胸を愛撫しながらも腰を深く突き上げる。
僕らは壁に寄りかかった状態でセックスしていたので、そろそろ限界のようだ。
特に森野は足に力が入らなくなってきている。
僕は便座に腰掛け、森野を僕と向かい合わせになるように僕の上に座らせた。
「ちょ……いゃよこんな……あっああっ」
この体勢だと、性器の結合部がよく見える。森野はそれを恥ずかしがっているようだ。
森野の腰に手を回し、ペニスを更に奥まで侵入させた。
今までよりもさらに強い快感が襲ってくる。僕も森野ももう限界だ。
「そろそろっ……いくよ」
「っ……い…いわ…っあっぅ」
ピストンを速める。
森野が顔を寄せてきた。森野の唇に自分の唇を重ねた。
舌を絡め、口内を嘗め回していく。
お互いの唾液が混ざり、もはやどちらのものかわからない。
唇を離し、また森野の胸に顔を埋める。
森野の鼓動に何故か安心感を感じる自分に僅かな苛立ちを抱きながら、僕は射精した。

 

 

百貨店からの帰り道、僕は森野の一歩後ろに付き歩いていた。
この位置からでは森野の横顔が僅かに見えるだけで、感情は読み取れない。
あの後、行為が終わって身支度をしている間、森野は一言も発しなかった。
僕は森野の様子を窺っていたが、果たして謝るべきなのか慰めるべきなのかわからず、
結局ここまで何もできずにいた。
下手に選択肢を間違うと、思わぬ反撃を食らう為迂闊に行動できない。
故に、森野からの行動があるまで待つ。この数ヶ月で僕が得た森野の対処法だ。
既に日が傾き、辺りは薄暗くなっている。結局僕らはあの百貨店に3時間以上いたことになる。
今森野の機嫌がプラス・マイナスどちらに向いているかはわからない。
今日一日のことを振り返ってみる。森野は僕が選んだ下着を購入した。
意地悪してわざと際どい物を選んだのだが、果たして本当に着用するつもりだろうか。
頭の中で下着姿の森野を思い浮かべた。
想像の中の森野は、羞恥心など欠片も持ち合わせていないかのような足取りで、こちらに向かって来る。
胸の谷間を強調しながら、下着の紐を解いていく。
僕は軽く頭を振った。違う。これじゃストリップだ。そもそも森野は強調できるほど胸が大きくは……
「何考えてるの」
冷たいナイフのような声が響く。トリップしかけていた視線を前に戻すと、森野は顔をこちらには向けず、
その場で立ち尽くしている。
「別に」
内心冷や汗をかきながらも、僕は努めて平坦な口調で言った。
森野は妙に鋭いところがある。こちらの思考を読んでいるのかと疑ったことも1度や2度ではない。
「下着のことでしょう」
本当に鋭い。
僕は何も言えず、沈黙で返す。
「安心して。ちゃんと着るわ。もったいないもの。」
わずかに顔をこちらに向け、言った。
「あなたとの勉強会でね。」
西日に目を細めながら見えた森野は、うっすらと笑っているように見えた。

    終

   戻る

inserted by FC2 system